自殺とその予防 日本の自殺者は年間約3万人前後で推移しており,社会問題となっています。特に20代を中心とする若い世代の自殺率は高い水準にあり,若者の死因の第一位になっています。自殺防止は大学等の高等教育機関における喫緊の課題です。学生の自殺の危険因子には,経済的困窮や孤立,自殺企図歴や精神疾患との各世代に共通するものだけでなく,学業や研究上の困難,対人関係(親子,家族,友人等)の悩み,進路決定や就職活動の悩み等の学生生活上の諸課題も関連します。
近年の自殺の発生状況に関して,深い悲しみを覚えます。残念ながら自殺を防止するのに決定的な処方箋はありません。しかし,自殺を考えている人は何らかのサインを発していることが多いため,そのことに気づき,傾聴し,専門家につなぎ,見守ることができるよう,教員,職員,専門職等が力を合わせて,全学的に取り組むことが自殺防止につながります。
自殺は本人にとって不幸であるだけでなく,周囲やその人が属する組織に大きな影響を与えます。自殺を予防することは,その人の心のありようを計るということの前に,本人の命や周りの人の幸せ,組織の活動を守るための危機管理であると肝に銘ずるべきです。
<対応> どんなに手を尽くしても,どんなに注意をしていても,自殺は生じてしまうことがあります。残念ながら,自殺に強い親和性を持つ人たちがいます(文豪の太宰治は有名です)。周囲の人たちに罪はありません。しかし,死にたいという気持ち(希死念慮)に気づいたときは,最善の対応をとっておくことが重要です。以下の対応の後,保健管理センターまで一緒に連れて来ていただくか,ご連絡ください。自殺の手段,場所,時期などを考えて身辺整理を考えている(自殺念慮)ことに気づいたときは,家族への連絡も必要です。
<自殺を考えている人に向き合うときの心構え>
1. 自殺についてどこまで考えているのか具体的に聞く。
2. 自殺は肯定も否定もせず,自殺を思うに至った心の苦しみに共感する。
3. 自殺によって解決できる問題と解決できない問題をたずねる。
4. 将来の計画や,跡に残される家族や友人の思いをたずねる。
5. 絶対に自殺しないでほしいと,言葉を尽くして話す。
6. 誰か他に相談したい人がいるかどうかたずねる。
7. 話の最後に自殺は絶対にしないという約束(口約束であっても)をする。
(国立大学法人保健管理施設協議会メンタルヘルス委員会自殺問題検討WG 資料 2010)
うつ病の場合,回復期の途上で逝ってしまうことがよく起こります。本当に心が沈んでいる時は死ぬだけのエネルギーがないために死ねなかったに過ぎず,少し回復して,行動に移すだけのエネルギーが戻ってきたときに自死します。周囲の人たちにとっては,元気が出てきてよかったとほっとしている時期に死なれることになります。
もし,学生がうつ病の治療を受けている場合には,たとえば病院や保健管理センターに通っていても,学生の様子を見ながら,おかしいなと思ったら,どの程度「死にたい気持ち」があるか,確認してあげてください。また,自殺企図をした学生と接している場合には,再び自殺を試みる可能性が極めて高いので,「死にたい気持ち」を時々確認してあげてください。大人が真剣に向き合ってたずねていくことがとても重要です。
<自殺企図・未遂の発生時における対応>
1. 自殺企図・未遂が大学構内で発生した場合,医療と保護のためハイリスク者を医療機関へ搬送する。関係部署の教職員や保健管理センターが複数で対応する。直ちに大学執行部に報告するとともに家族に連絡する。また,消防署へ救急車の出動要請を行う。
2. 自殺企図・未遂が,下宿など学外で発生した場合には,関係部署の教職員や保健管理センターが複数で対応し,大学執行部に報告するとともに家族に連絡する。家族がすぐに現場に出向けない場合には職員が出向くことを了解してもらう。
(国立大学法人保健管理施設協議会メンタルヘルス委員会自殺問題検討WG 資料 2010)
1. 学生相談体制の整備・充実
全学的かつ日常的な教育活動や,学生支援・学生相談を丁寧に行うことが,学生の自殺防止につながります。周囲のサポートが得られることは自殺の防御因子となります。日本学生支援機構では,大学において学生相談に従事する学識経験者を中心に調査研究を行い,その成果を次のように取りまとめました。以下は,平成19年3月に発表された「大学における学生相談体制の充実方策について」の報告書(要旨)を抜粋したものです。
(1)基本的考え方
ア 教育の一環としての学生支援・学生相談
・学生相談とは:学生が「ニーズを感じた時点」で,「個別相談」を中心とする丁寧なコミュニケーションを通じて,「全人的に」育てていく機能を有するもの
・「学生相談の機能を学生の人間形成を促すものとして捉え直し,大学教育の一環として位置づける必要がある」(廣中レポート)
イ 学生の個別ニーズに対応した学生支援
①学生の多様化と大学全体の学生支援力の強化
・学生の個別性と多様性に配慮しつつ,教育的・成長促進的視点に立った的確な支援
・大学全体の学生支援力の強化
②学生期の課題に応じた学生支援
・入学前後の大きな環境変化に緩やかに移行するよう,きめ細やかな個別支援や導入教育
・インターンシップやボランティア等社会的経験を組み入れた多様な模索を可能にする支援
・卒業に向けて進路決定の具体化と体験を統合する機会の提供
・大学院生に対する研究環境への再適応や就職支援等の社会性形成に向けた個別支援
ウ 「学生支援の3階層モデル」による総合的な学生支援体制
①教職員と専門的カウンセラーの連携・協働
・ここでの標記
「学生相談」:カウンセラーによる心理的・専門的援助活動
「学生支援」:教育及び支援活動における相談機能全般
②学生支援の3階層モデル
第1層 日常的学生支援
第2層 制度化された学生支援
第3層 専門的学生支援
③「学生支援の3階層モデル」の留意点
・各階層間での交流及び連携・協働
・各大学の個性・特色を活かした体制づくり
(2)総合的な学生支援体制の整備
ア 学生支援体制を統括する機能
「学生支援の3階層モデル」が実効あるものとなるために,学生支援体制を統括する機能を大学が有することが重要
学生支援全般について審議・検討する審議会や委員会等の設置
代表責任者に理事や副学長といった全学的な政策決定に直接関与できる者が就任
イ [日常的学生支援(第1層)]-日常的な個別ニーズの把握と対応-
①教職員に求められる基本姿勢と対応
・すべての教職員:学生の発達的な課題や今日的状況への理解,支援的な姿勢
・教員:学生と双方向のコミュニケーションを取りやすくする工夫等
・事務系職員:温かく誠意ある対応等,学生が安心感や信頼感を持てるよう努める
②支援が必要な学生に対しての姿勢
・日々の教育・指導や窓口対応等で,深刻な問題を抱える学生の存在を把握した場合は,学生相談機関をはじめとする必要部署と相談・連携し支援の方途を検討することが重要
③自主的活動に対する支援-学生の相互的成長と社会化の促進-
・学生の自主的活動の意義を認識し,環境整備や情報収集・提供に努め,学生の自主性を尊重した適度な指導・支援を行う必要
ウ [制度化された学生支援(第2層)]-個別ニーズに応える役割・場の工夫-
①教員が担う役割・場の工夫
学生が質問や相談を持ちかけやすい体制づくり
クラス担任制度,アカデミック・アドバイザー,チュートリアル・システム 等
②事務系職員が担う役割・場の工夫
学生の個別ニーズに応える体制づくり
何でも相談窓口(員)の配置,関連窓口の集中配置,カウンターの工夫 等
③学生の相互援助力の活性化
学生相互の自然な助け合いが生じやすいよう,相互援助力を活性化させる試み
ティーチング・アシスタント,ラーニング・アドバイザー(図書館等),ピア・サポート,オリエンテーションでの交流 等
エ [専門的学生支援(第3層)]-個別ニーズに応える専門性の分化と深化-
①専門的学生支援機関の必要性
第1層・第2層のみでは対応できない学生の個別ニーズへの,教育的・専門的支援
②専門的学生支援機関における連携・協働
・対応困難な問題が生じた際に,学内外の連携・協働の核として問題解決に取組む
・専門性を基にした研修やコンサルテーションによって,第1層・第2層を支える役割
③種々の専門的学生支援機関
1. 学生相談(カウンセリングを中心とした専門的な適応支援・教育的支援)
2. 修学相談(修学・学習に関する問題は適応状況や心理状態と密接に関連)
3. 進路・就職相談(生き方の教育であり内的成熟の促進や性格等の吟味等に関し連携)
4. ハラスメント相談(調査や処遇決定は学生相談とは異なる相談ルートが必須)
5. メンタルヘルス相談(カウンセリングと並行して医療的なケアが必要な場合の連携)
6. 留学生支援・相談(異文化適応等の問題や留学する際の事前説明・心の準備等)
⇒基幹となる学生相談と各専門機能との連携・協働を各大学の事情に応じて構築する必要
(3)学生相談体制のあり方-学生相談機関・専門家の充実-
ア 学生相談機関の設置
①学生相談機関の使命
・学生の悩みや困難に対し,カウンセリングを中心とした専門的な適応支援・教育的支援を行い,学生の心理社会的成長・発達・回復を促進すること
・相談活動を通して見えてくる課題について,大学構成員と共有し,大学へ提案・提言
②全学共通基盤としての位置づけ
すべての学生を対象としており,専任の教職員を配置した安定した位置づけを
③学生相談機関の運営
・運営の責任者は,関連機関との連携・協働が必要なため,学生相談に通暁した者
・学生相談機関は,学生・教職員の懲罰や成績評価を決定する機関から中立性を保つ必要
④学生相談機関の倫理
・プライバシーの保護と個人情報保護法の遵守
・情報の開示に関して負う役割の特殊性について大学が認識し周知を図る必要
⑤学生相談機関の施設
専有スペースの保持,安心して相談に集中できる環境,学生が訪れやすい環境
イ 学生相談機関の役割・活動(業務)
①学生相談機関の役割
「個別の心理的援助」「心理教育的役割」「予防・啓発・提言の役割」「危機管理活動への貢献」
②大学における活動(業務)
多様な活動を「援助活動」「教育活動」「コミュニティ活動」「実践研究活動」の4つに分類
ウ カウンセラー等の充実
①カウンセラーの位置づけ
教育機能を担うことや学内ネットワーク構築のため,常勤かつ教員であることが望ましい
②カウンセラーの配置数
10%の来談率(相談に訪れる学生数/全学生数)に対応できるよう,最低限カウンセラー1人/学生3,000人の配置を目指し努力すべき
③カウンセラーの資格
心理臨床や大学教育に関し,しかるべき研修と経験を有する者が配置される必要
④カウンセラーの時間配分
多様な活動を展開しかつ新規相談に即応すべく,面接の割合は勤務時間の65%程度が妥当
エ 学生相談機関からの情報発信
①情報発信の必要性
「総合的な学生支援」と「専門的な学生相談」の連携・協働に向けて情報発信は不可欠
②情報発信のための研究
学生相談機関が得た知見の蓄積を「研究」という形で一般化・共有化して大学教育へ還元
③情報発信の機会
実情報告や委員会等への提言による定期的・継続的な情報発信の機会の整備
オ 学生支援・学生相談の日米比較
日本と米国における学生支援・学生相談の現状と課題の比較(人的配置や予算に大きな差異)
(4)ネットワークづくりと研修体制-学生支援の連携・協働-
ア 諸課題へのネットワークによる対応と留意点-3階層での支援と連携・協働-
①学業不振・不登校学生への支援
[第1層]早期の個別対応に結びつける姿勢,学生の居場所の提供 等
[第2層]不登校傾向の学生の把握・面談・連絡 等
[第3層]保護者,教員,カウンセラー間での継続的な連絡・支援
②自殺をめぐる問題
[第1層]メンタルヘルスに関する基礎的な知識の習得 等
[第2層]教職員・関連部署との情報の共有及び対応の検討
[第3層]学生及び関係者双方の援助,学内外の医療機関とのネットワークの構築
③事件性のある諸問題
[第1層]日常の交流の中でのモラル教育,予防のための啓発活動 等
[第2層]学内外の専門家の助言を参考にしつつ,危機管理マニュアルの整備
[第3層]関係者への心理的援助・助言,危機対応の研修・実践,ネットワークづくり 等
④障がいのある学生への支援
[第1層]障がいに関する基本的な知識の習得 等
[第2層]本人のニーズ把握と支援方策への反映 等
[第3層]カウンセラーによる障がいの受容などの心理的支援,連携体制を作る活動 等
イ 連携・協働のための留意点-守秘義務について-
・日常の学生支援や相談窓口等で得られた学生の個人情報への配慮及び関係諸法規の遵守
・学生の情報を危機対応や教育・指導の目的で共有する場合のマニュアル等の整備
・インフォームドコンセントについての検討及び対応の必要性
ウ 研修体制の充実
①大学教職員のスキルの向上
・大学としての課題及び教職員の個別ニーズに対応した研修機会の提供
・研修費用や研修時間の保証等による研修体制整備,研修を活かした活動実績の肯定的評価
②研修の実施形態
・各大学の状況に即した学内研修及び他大学等の教職員と交流する学外研修の併用
・知識伝達型,体験学習・実習,宿泊型等の研修内容に適した形態の工夫
③日常的なネットワークによる相互研鑽
学生対応の具体的事例や実際の仕事を通じた訓練,日常的な協力体制に基づく相互の研鑽
2. 学生が遭遇する様々な危機
(1)第1の危機:入学~1年前期
「アドバイス教員」の先生は,「初学者ゼミ」等を通じて,担当学生と関わる時間を増やしてください。この時期は,大学になじみ,大学生の生活に慣れることで,「大学生」 になる時期です。この時期につまずく学生が最も多いといわれ,留年や休学・退学にいたる原因や兆候が,この時期から2年生の前半までの間に見られます。不本意入学の場合には欠席が多くなります。最も注意が必要な時期です。担当学生と関わる時間を増やすと,一時的に,学生はアドバイス教員に依存してきますが,学生が大学生活 に順応し始めると,自然と先生から離れて友達との時間を増やしていきます。困った 時には,保健管理センターにご連絡ください。
①人間関係:友達が作れない学生はその後の学生生活が不安定になりがちです。 北陸三県の出身学生は,出身高校の先輩や同輩とのつながりが適応の一助になる場合があります。その他,部活やサークルに入ると,出会いの機会は増えますが,その一方で,いきなりたくさんの刺激を周囲から受けるので,人付き合いの苦手な学生に対して,少人数での人間関係が構築しやすくなるような講義の利用が期待されます。
②勉学:新しい勉強の仕方についての戸惑いが生じます。カリキュラムの組み方,授業の選択,レポート作成など,いろいろなことに適応しなくてはなりません。平成 18年度から開講されている「大学・社会生活論」の枠を有効に活用してください。
③一人暮らし:一人暮らしを始めると,心理的には親からの自立,具体的には自炊を始めとした家事の負担や生活時間の自己管理がスタートします。5月の連 休に帰省をすすめたり,友達の有無を確認するなど,学生が孤立しないように 配慮してください。また,部活/サークルやアルバイトをスムーズに始めた学 生の中には,適応的な場合もあれば,多忙を極めることで孤独感を否認している場合もあるので,少し気に留めながら見守ってあげてください。
(2) 第2の危機
1年生の後半,夏休み明けと学期末は,第2の危機です。入学時または入学後に発生した問題を持ち越していて,この時期に現れてくることがあります。講義の欠席が続くことがあるので,出席を確認してください。他大学を再受験しようと決意する学 生も出てきます。気になる学生がいたら,保健管理センターにご相談ください。
(3) 第3の危機
3年生の前半から4年生の前半までは,第3の危機です。専門分野の学業が気になってくる時期です。留年の可能性に際して,学生相談を必要とする学生には,保健管理センターを紹介してください。また,休学や退学を希望した学生や,病院実習など,実習の直前や終了後に不適応を呈する学生がいたら,保健管理センターを紹介してください。その他,就職活動に際して,目標を見失ったり混乱をきたす学生もいるので,その際は保健管理センターや就職支援室を勧めてください。
大学生が陥りやすい心の病や障がいとその対応
(1) 気分障がい(躁病,うつ病,躁うつ病)
理由もなく,気分がハイになったり,逆に,落ち込んだりすることは誰でも経験するものです。それが極端な形をとるのが「気分障がい」といわれる病気です。どちらか一方だけのものが,躁病またはうつ病で,両方ペアになって現れるのが躁うつ病です。
躁病は,気分と活動性が高まります。軽い躁病の場合には,精力的に勉学して世界 的な業績をあげることも稀ではなく,実業家や政治家として名をなす場合もあります。 高揚の後に落ち込みの来る場合は躁うつ病です。躁病の場合も躁うつ病の躁状態の場 合にも,喉がかれるほどよくしゃべったり,早朝から起きだし周囲を叩き起こしたり 説教したりと,落ち着きがありません。自分本位に動きまわるので周囲の人には迷惑 をかけるのですが,本人は不適応感がないので自分が病気だという病識に欠ける場合が多いです。
うつ病は,躁病とは正反対に,気分の落ち込みと活動性の低下があります。やらな ければならないことばかり頭に浮かびますが,何をするのも億劫で,体がいうことを きいてくれません。これも本人が病気だという病識に欠ける場合が多く,自分は怠けていると思い,自分を責め,自信をなくし,将来への希望を失います。さらには「死にたい」と希死念慮を抱く場合もあります。身体の不調を併発し,漠然とした不調感をはじめ,不眠,頭痛,食欲不振,便秘などもみられます。
<対応> 気分障がいに対しては薬物療法が必要です。適切な医療機関を紹介しますので,保健管理センターへ行くように勧めてください。病識に欠ける場合には,精神的な問題としてではなく,身体的な不調(不眠や食欲不振など)に気遣ってあげると共に,その体調の改善を理由に,保健管理センターへ行くよう指導してください。場合によっては付き添ってあげてください。
(2) 適応障がい,特に強い不安感の場合
ある社会環境においてうまく適応することができず,さまざまな心身の症状があらわれて社会生活に支障をきたした状態を適応障がいといいます。個人要因が大きな役割を果たしていますが,もし心理社会的ストレスがなければこの状態は起こらなかったと考えられることがこの障がいの基本的な概念です。
適応障がいの症状は,不安,抑うつ,焦燥などの情緒的な症状,不眠,食欲不振,腹痛などの身体症状,遅刻,早退,ネット依存などの問題行動があります。そして,次第に引きこもってうつ状態となります。発達障がいの人が適応障がいと診断される場合も多く見られます。
<対応> まず原因となっている心理社会的ストレスを軽減することが第一です。どのようなことがストレスとなっているのかカウンセラーが話を聴き,環境を整えることでなんとかやれるのか,休学して休養することが必要なのか判断しますので,保健管理センターへ行くように勧めてください。病院での薬物療法が必要な場合もあります。
(3) 統合失調症
かつては精神分裂病と呼ばれ,現実的な判断や思考が出来なくなる病気です。約100 人に一人の発症率といわれ,統計学上は,1万人の金沢大学には約100名の学生が統合 失調症に罹患しながらも学業に励んでいることになります。周囲からは,共感の乏しさ,気配りのなさ,約束をすっぽかす,行動に一貫性がない,孤立,奇行,奇妙な理 屈や攻撃的な態度などで目立つ存在になります。意欲の低下,思考のまとまりのなさ, 生活のリズムの崩れなどのために,授業に出ないでアパートにこもり,部屋は雑然, 衣服は汚れ,人が変わったようになる場合もあります。しかしながら,多くの場合, 本人に病識がないために,治療の必要性を認識するに至りません。また,最近では軽 症化する傾向にあり,「うつ病みたい」とか単に「変わり者」ということで,周囲から孤立してしまう危険性があります。
<対応> 適切な薬物療法で寛解が期待できます。病識のない場合が多いので,身体 の不調を気遣いながら,保健管理センターまで一緒に連れてきていただくか,ご連絡 ください。また,家族への連絡も必要となってきますので,ぜひ保健管理センターまでご相談ください。
(4) 神経症~対人恐怖や自己臭症を含めて~
私たちは,葛藤を抱えきれなくなると,神経症を発症します。ドアの鍵やガス栓を 何度も確かめないと気がすまないとか,不合理な考えが繰り返し浮かぶので苦しむ強迫神 経症,特定の物や場所が怖い恐怖症,すりガラスを隔てて見ているようで現実感が持てないという離人症,身体のあちこちがつぎつぎと悪いように思われる心気症,不安 が根底にある不安神経症などがあります。抑うつ気分のつよいものは神経症性うつ病 ともなります。
日本の学生に多いのは,対人恐怖症です。初対面の人や大勢の人の前で緊張するのは 当り前ですが,対人恐怖症は,そこそこ知っているけれども特に親しくはない「半知り」 の人に対して緊張したり,異性に会うと異常に緊張したりするというものです。自分の 視線が他人を傷つけていると思っていたり他人の視線が怖いと感じたりする視線恐怖や, 自分がいやな臭いを出していてまわりに迷惑をかけているという自己臭恐怖もあります。
<対応> 葛藤の内容が学生自身にも分からない場合があります。その時は,保健管理センターなど,学内の相談機関を訪ねるよう勧めてください。
(5) 心身症
身体の症状なのに心理的なストレスが原因であるものや,身体の症状が心理的な影 響を強く受けている場合,そして治療に当って心理的要因を考慮しなければならない 病態を心身症と呼びます。特定の病気ではなく,心身の相互関係が深い場合の総称で す。心身の相関がわかってくるにつれ,心身症に含まれる身体の病気も増えてきまし た。有名なのは,胃・十二指腸の消化性潰瘍,過敏性腸症候群(神経性下痢や便秘), 高血圧症,心臓神経症,筋緊張性頭痛,喘息,過換気症候群(過呼吸症候群),各種ア レルギー疾患,じん麻疹,円形脱毛症,頻尿,夜尿症,月経障がい,インポテンツ,不感 症,腰痛,めまい・耳鳴りなどです。心身症を呈する人は,几帳面で頑張り屋という性 格が基盤にあり,症状を起こす部位の身体的な弱さが関連していると考えられています。
<対応> 多くの場合,自発的に保健管理センターを訪れて,身体の不調を訴えます。 保健管理センターを知らない学生には,ぜひ訪れるよう勧めてください。なお,心 身症は全て心理的要因によって発症するとは限らないので,まずは,それぞれの症状 に応じた診療科で身体の検査を受けることが重要です。
(6) スチューデント・アパシーと引きこもり
スチューデント・アパシーは,無気力学生/退却神経症などとも呼ばれます。長期 欠席学生や留年生の中に高率に見つかります。学生の本分である学業からの退却が主 症状で,朝起きられない,もしくは,たとえ準備して起きても魔法にかかったように授 業には出られない,ところが,サークルやアルバイトには出ることができ,普通に振る 舞っており,内心は苦にしているのに他人に助けを求めないので発見が遅れるなど, 一連の特徴があります。思い切って退学も決断できない,うずくまったような状態です。
下宿にこもり,他者や外界との接触を断ってしまう引きこもりは年々増えています。 親には大学へ行っていると偽りを通し,気付かれることがありません。
<対応> スチューデント・アパシーの場合には,本人と家族が,カウンセラー,更 には担当教員とよく連絡をとって,対処する必要があります。
引きこもりの場合には,教職員はもちろん,友達が連絡をとっても返事をしないことがほとんどなので,家族に連絡をすることが求められます。一度保健管理センターにご相談ください。
(7) 人格障がい(パーソナリティ・ディスオーダー)
人は,思考や行動様式,社会的態度,関心や興味などにおいてそれぞれに一つのまとまりをもった特徴ある型(パターン)をもっています。それは社会生活を送るうえで 本人の生活を向上させ,社会へ貢献するものですが,これが平均的な姿からひどく遊 離してくると,逆に本人ないしは社会のいずれかが悩むほどに個人の生活を阻害し周 囲に困難を引き起こすようになります。このようになると人格障がいとして位置づけられるようになります(南山堂医学大辞典より)。
いくつかのタイプが人格障がいにはあり ますが,中でも,最も周囲が困惑するタイプに境界性人格障がいがあげられます。それ は,良いと悪いという2つの価値観しかない世界の中で生きており,相手に対するネ ガティブな感情を無意識のうちに相手に投影して相手が抱いている感情だとするよう な人たちのことです。言い換えると,それまで好意をもっていたり,味方だと思って いたり,尊敬できると思っていた相手のちょっとした態度によって,態度をがらりと変え,突然その相手を,悪意のある,敵対的で侮辱するに値する人物だと感じてしまうような人です。大学生の場合には,それまで熱心で好意的な態度を示していた学生 が,些細な教員のミスや言葉遣いを契機に,突然「先生は信じられない」といった否定 的な態度を向けてくることがあります。学生は,自分には非がなく,悪いのは教員の 方だと一方的に敵意を向けてくるので,言われる教員にとっては,寝返りをくったような驚きを感じます。
人格障がいのその他のタイプとしては,自分の能力や業績を過度 に誇張し,他人からの賞賛を求め,共感性に欠ける「自己愛性人格障がい」,社会的な規 範にあわせることができず他人の権利を無視し侵害することに無頓着な「反社会的人格障がい」等があります。
<対応> このタイプの学生は,相手を批判し自分を正当化するので,悩んだり考え込んで相談機関を訪れるような場合はほとんどありません。それでいて,周囲を混乱 に巻き込み,調和を乱すので,周囲の学生がとても迷惑をして,教員に相談する場合 があります。まずは,周囲へのサポートが必要になりますので,保健管理センターまでご相談ください。
(8) 発達障がい(アスペルガー症候群など)
発達障がいという言葉からは,知的な問題を連想させるので,大学生とは無縁のよう に思われがちですが,発達障がいとは,知的には問題がなく,「知的障がいのない自閉症」 といわれているものです。(1)社会的相互交渉における質的な障がい,(2)コミュニケーショ ンにおける質的障がい,(3)反復的・常同的行動,狭い関心や活動性,の3つが主な特徴 です。例えば,“あの時に先生からこれをしてくれたから,今度は自分からこうしてあげよう”といった配慮に欠けたり,教員の話は聞かずに,一方的な要求を繰り返したり, 同じセリフを何度も繰り返したりといった状態のことです。つまり,人と人との間に 生じる微妙な機微が読み取れないので,人間関係につまずきやすく,入学後に新しい 友達をつくれなかったり,グループ課題や卒論,修論などの少人数の研究室で活動を する際に,周囲の学生たちから「自分勝手」や「融通の効かない人」といった文句を受け たりと,問題を生じさせることがあります。特に,知的には問題がないので,中間や 期末などの試験では優秀な成績をおさめることが多く,研究室に配属されてから,問題が 表面化することがあります。自分がなぜ注意されるかわからないという場合がありますので,問題が表面化したときに保健管理センターへ行くように勧めてください。
<対応> 発達障害の学生は一人一人の特性が異なるため,個々のアセスメントと支援計画が必要になります。集団行動に支障を来すようになったら,家族の支援が必要になってきます。学生に自覚がある場合は障がい学生支援室,自覚がない場合は保健管理センターへご相談ください。
(9) 性的マイノリティ(LGBTs)
人間のアイデンティティの大きな柱に性的アイデンティティがありますが,学生の中にも次のような性的マイノリティ(セクシュアルマイノリティ,LGBTs)の人が約5%程度いると言われています。
・性的指向(恋愛感情や性的欲求の対象)が同性に向かう人(レズビアン(女性の同性愛者,ゲイ(男性の同性愛者))
・性的指向が両性に向かう人(バイセクシュアル(両性愛者))
・性的指向を持たない人(アセクシュアル,無性愛者)
・出生時の戸籍等の性別と性自認(ジェンダー・アイデンティティ)が一致しない人(トランスジェンダー,なお性同一性障がいは医学的診断名)
・生物学的(身体的)な性の発達が男女に判別しづらい状態にある人(インターセックス,性分化疾患),など。
マジョリティに対してのマイノリティですから,こうした性のあり方が間違っているとかおかしいということではありません。あくまでも一人一人の性的なアイデンティティとして同時に尊重すべきものです。しかし,セクシュアルマイノリティの人は,周囲や社会からの差別や偏見がいまだ根強いために,家族との関係や学生生活,就職活動などで様々な困難に直面することが多くあります。
授業や面談などの際には,こうした学生がクラスや研究室に一人はいるという前提で,そうしたあり方も尊重して話すように配慮してください。また,こうした学生は,セルフエスティーム(自己肯定感)が低くなりやすく,自殺念慮(死にたい気持ち)をもつ割合は6倍というデータもあります。したがって,こうした学生が相談に来た場合は,「セクシュアルマイノリティというあり方も人間のひとつの個性だとして尊重し,とにかくありのままその学生を受け入れる」ということが大切です(異性愛もひとつの個性です)。そして,悩みが深いような場合やご自分にはちょっと対応しきれないと思った場合は,その学生を総合相談室や保健管理センターにつないであげてください。ただし,情報の共有は本人に確認してから行うようにしてください。また,そこにつないだ後も,支持的に寄り添うようなサポートを心がけてください。
具体的な接し方
1.自傷他害と早期発見
まず何よりも重要なことは,さまざまな問題を抱えて悩んでいる学生や病気や障がいをもつ学生を早期に発見し,適切な援助をすることです。このような学生の早期発見や援助には,学生と教室や研究室で,日常直接関わっている教室員同士・教員や学生関係の窓口にいる職員の関与が重要です。自傷他害など緊急の対応が必要な場合があることを考えて,日頃から各学類・研究科等で対応を確認しておいてください。また、緊急時の連絡網を周知しておくことは大事です(教員、職員、あらゆる研究室員が普段から非常事態に備えておくこと)。
(1) 早期発見のために~初期変化への気付き~
ア.変化(症状)の表われ方
心の問題や病気によって起こる変化は,主に3つの面に現われます。その1つは,たとえば,気分が暗くなったり,明るくなったり,奇妙な感じ方や考え方が生じたりなど感情の変化として現われます。2つ目は,学校に行きたくない小学生が登校時間になると頭痛や腹痛を訴えるような,身体の症状として表われるものです。3つ目は,行動の変化として表われるもので,表情や態度,話し方など日常の生活行動の変化として表われてきます。特に,3週続けて講義を欠席した場合は注意してください。
イ.初期に表われやすい変化
このように,心の問題や病気によって起こる変化は様々な形で現われてきますが,周囲の人々によって気づかれやすいのは,日常の生活行動の変化です。そこで,心の病気や不適応の初期症状として行動面に表われやすい変化を以下にまとめておきます。
○キャンパス不適応の初期症状
行動・態度 3週続けて欠席する。遅刻,早退が多くなる。成績が下がる。
人を避ける。無関心になる。ふさぎこむ。
いらだつ。粗暴になる。攻撃的になる。
落ち着きがない。気分の変化が激しい。
衝動的になる。だらしなくなる。
服装や身だしなみが乱れ不潔になる。
表情・話し方 表情は,暗い,固い,うつろな,変化に乏しい。
逆に明るすぎる。
話し方は,無口,あるいは多弁,理屈っぽくなる。
思考・判断 自分本位の思考,主観的な判断,奇妙な考え方。
自分に関係のないことを関係があるように考える。
自分の噂や悪口を言っているなどと他人の言動を気にする。
決断力が乏しく優柔不断になる。あるいは衝動的な決断をする。
ウ.変化に気づこうとする関心/好奇心
このような変化に気づくためには,相手への関心や好奇心が必要になります。普段よりも少しだけ相手に対する関心と好奇心を強くもってください。
< 気になる学生を見かけたら>
ア.声をかける
何となく落ち着きがないとか,表惰が暗いとか,動作がおかしいとか,2週続けて欠席したなど,変化に気づいたら迷わず声をかけてください。声をかけやすい話題は,食欲と睡眠です。
イ.専門家に相談する
話を聞いていて何となく不自然さを感じたり心の病気かもと思われた場合には,保健管理センターにご連絡ください。
(2) 自傷他害の危険性がある場合
他人を傷つけたり自分を傷つけたりすることを自傷他害と呼びます。自傷他害の恐れがある場合は緊急の対応を必要とします。通常このような場合には,その背後に,心の病気が進行していることが多いのですが,あまり気づかれずに,ある日突然,心理的援助の対象となって表われてきます。たとえば,下宿で興奮状態になる,教室で訳の分からぬことを話しだす,研究室で急に泣き出す,他人に暴力を加える,キャンパスの中で不審な行動をとるなど,自らの行動を充分統制することができないものです。不測の事態が予想されるので緊急の援助が必要になります。
このような緊急例に最初に気づくのは学生の身辺にいる人々で,友達や下宿の大家さん,付近の住民,キャンパスの中では学生や教職員などです。下宿の大家さんから「少し様子がおかしい」と連絡が入ることもありますし,友達が何人かで保健管理センターなどに連れてくることもあります。また,関係事務員や担当教員のところへ直接連絡が入ることもあるでしょう。
このような緊急例に対しては,保健管理センターにご連絡ください。時間外に問題が生じた場合は各学類・研究科での対応となりますが,緊急対応の後も問題が継続する場合がありますので,後日でも保健管理センターにご相談ください。
一時的な保護や入院が必要となる場合には,本人の同意が必要ですが,緊急例では本人が判断できないことが多く,家族(保護義務者:通常,両親または両親のいずれかがなる)が決定します。
○ 学生相談に関する参考文献リスト等
1. 大学における学生サポートおよび学生相談に関する資料
「学生相談と心理臨床 心理臨床の実際3」 河合隼雄他(監) 金子書房 (1998)
「メンタルヘルスガイド【充実した大学生活をおくるために】」 松原達哉(編著) 教育出版 (1994)
「大学教職員のための大学生のこころのケア・ガイドブック─精神科と学生相談からの15章」 福田真也(著) 金剛出版(2007)
「学生相談ハンドブック」 日本学生相談学会50周年記念誌編集委員会(編) 学苑社(2010)
2. 心の健康に関する資料
「自殺行動の心理と指導 シンポジアム青年期2 」 上里一郎(編) ナカニシヤ出版 (1980)
「マンガ心のレスキュー パニック・不安・うつ・不眠な時」 越野好文(作) 北大路出版 (2002)
「『ひきこもり』救出マニュアル」 斎藤環著 PHP研究所 (2002)
「大学生のための精神医学(改訂版)」 高橋俊彦・近藤三男 岩崎学術出版社 (2004)
「Q&A 大学生のアスペルガー症候群-理解と支援を進めるためのガイドブック-」 福田真也(著) 明石書店 (2010)
「発達障害大学生支援への挑戦-ナラティブ・アプローチとナレッジ・マネジメント」 斎藤清二(著)、吉永崇史(著)、西村優紀美(著) 金剛出版 (2010)
*上記学生サポートガイドは、金沢大学学生サポートガイドブック(2018年版)から、メンタルヘルス対策について、抜粋要約しております。